駅の非常口で人が迷う、本当の理由。選択肢が親切すぎると人間は思考停止する

目次

  1. 案内表示が多すぎて立ち止まる人々
  2. 「親切さ」が思考のカロリーを奪う構造
  3. どこでもいいから遠くへ行くボタンという仮説

駅の改札や大きな乗り換え通路で、案内看板を見上げながら完全に立ち止まっている人をよく見かけます。スマホの地図を見ているならまだしも、壁一面に貼られた色とりどりの矢印看板を見つめたまま固まっているのです。

デザインの教科書的には「案内表示のUIが分かりにくいからだ」と片付けられがちです。しかし、じっと観察していると、どうも問題はそこではないように思えてきました。

案内表示が多すぎて立ち止まる人々

看板をよく見ると、JR線、地下鉄各線、東口、西口、バスターミナル、タクシー乗り場、さらには商業ビルの地下連絡口まで、寸分の隙もなく丁寧に網羅されています。

親切なのです。極めて親切で、漏れがありません。

「あらゆる目的地を平等に案内すれば、誰もが迷わずに済むはずだ」

設計者は大真面目にそう考えたはずです。……いや、普通に多すぎて選べないだろ、と。

人間は選択肢を提示されすぎると、選ぶ行為そのものに莫大なカロリーを消費してしまい、その場で思考を停止させてしまいます。親切さが逆に人間の足を止めているわけです。

「親切さ」が思考のカロリーを奪う構造

これは日常の仕事やプロダクト設計でも全く同じことが言えます。

良かれと思って機能を増やし、設定項目を細かくし、「ユーザーの自由度」を広げたつもりが、結果として相手に重い意思決定の負荷を押し付けている場面が多々あります。

どこでもいいから遠くへ行くボタンという仮説

そこで歩きながら考えたのが、券売機や案内板に『どこでもいいから遠くへ行くボタン』を1つだけ配置する仕組みです。

人間が移動したいと感じる瞬間、本当に求めているのは「〇〇駅に行きたい」という明確な座標ではなく、「いまいる場所から離れたい」という純粋な逃避や気分の切り替えであることも多いはずです。

行き先を機械に委ねることで、意思決定のカロリーは完全にゼロになります。もちろん、鉄道会社がこんな責任を持てないボタンを採用してくれる見込みは微塵もありません。